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家を建てるとき 3回建て替えてやっと満足の出来るものが建てられるとよくいわれています。 まさにこれは至言のようです。
皆さんが、初めて家を建てて、よくあそこがまずかった、あそこが不満であるなど、きっと反省をしている点があったことと思います。 昔のように、大工さんにお任せで作ってもらった時代と違い有力ハウスメーカーに建ててもらってもこんなことがよくあります。
信頼のおける、設計者、建築メーカーなどの経験者がいるにもかかわらず、過去に多くの方がこの失敗を繰り返しています。
それに、このご時勢に一生に3回も家を建て替えることは、よほどの事情がない限りまずありえず、普通では1〜2回の方が多いと思われます。 問題ははじめて家を建てるときです。 この家が最も長く、最も激しく使う家のはずです。 大多数の方は 子どもさんの生まれる前か、または子供さんたちの小さい頃に建てるものと思います。
このはじめての家を建てるときに、2回、3回の経験がないのが残念です。
幸せにも私は、3回の建築をすることができましたが、3回目にやっとほぼ満足するものが出来ました。 しかし、まだまだ細かい点では、失敗点も数多くあります。
しかし、基本的なことはほぼ解決しているのではないかと自負しています。
私の過去の最大の失敗は基礎と屋根でした。 建物に対する水、湿気との戦いでした。 新しく家を建てるときはデザイン、間取りに関心が行きますが、これも大切でしょう。 またこの点に関しては多くの先人の案内書もありますから、ここでは主に基礎と屋根に関しての失敗談をあげたいと思います。
また、この執筆を準備していたころ、山本順三さんという断熱工法の権威者が「この本を読んでから建てよう」という本を出されました。 ここには、結露、防湿、通風などそれこそ徹底的に糾弾されている実例を発表されています。 合わせ参考にされると より良い家が出来ること請け合いです。
はじめて、家を作られる方のために、私の素人的ではありますが、やや専門的な観点からの建築設計者、施工業者とのお付き合いのポイントが参考になれば幸せです。
1.在来工法を用いた第1回目の建築(昭和49年)
20年以上も前のオイルショックの直後の昭和48年の話になりますが、「大」という大きな名前を組み込んだ某大住宅会社の営業所に飛び込み、暖めてきた間取りを見せながら、見積をお願いしました。 この間取りは家族で相談の結果ですが、ほぼこの形で住宅会社の設計者も認め、見積を完了。 工法は在来型の木造軸組工法となりました。 大住宅会社であり、全幅の信頼をもっていましたし、それ相応の見積仕様書が出来上がってきました。
当時、建築費の削減のため、屋根瓦はいわゆるセメント瓦を推薦されましたが、デザイン、耐久性の心配もあり、従来型の日本瓦としました。 この時は瓦の下地処理までの知識は当然のことですが全くありませんでした。
詳しくは後で出てきます。
また断熱材を入れ出したのが一般的となり、屋根、壁、和室の床下にも断熱材を入れることにしました。
もう一つの建築のポイントである基礎は布基礎でありましたが、建築地は地盤が良いので、鉄筋は入れなくてよいということでありました。
素人の私には発注はこれでほぼ完璧だと思い、打合わせ完了となりましたが、問題は住みはじめてから続々と発生することになりました。
出来上がった家に20年住んだことになります。 何と住みはじめてから5年目に大暴風雨がありました。 屋根からはざるのように雨漏り、その後壁紙はしみだらけ、基礎の局部が沈み 障子は上下1センチメートルの隙間が開くなどさんざんのあり様となりました。
製品の保証とやらはあって無いに等しく、クレームを出すと、屋根工事屋に話をしろなどで その後どこにも訴える事も出来ず、ましてや基礎の変化についての保証値などあるはずも無く、ずるずると引きずられ、ついに大住宅会社からが音沙汰がなくなってしまいました。 こちらは毎日住んでいる住まい、相手方にとっては、もはや他人の財産です。
住宅会社選びの難しさがここにあります。
結局は、私自身が日曜大工の趣味もあり、各所の修理をすることになりました。 屋根瓦をめくってこれはびっくり、 なんと 瓦下地のルーフィングシートに打ち付けてある瓦桟の端部を鋸で切った時に防水をするためのシートまで切り込みを入れたところが随所にありました。
この切り込み部からの浸水、その他シートの重なりが傾斜と逆になっている部分からの雨漏りなど、原因はこんな単純なところから発生していることがわかりました。
雨は瓦で止めるものと考えていましたが、これは全くの間違いで、斜めから吹きかける雨は瓦ではなく、その下に敷いたルーフィングシートで止めるものということをこの時初めて知りました。
この建物の建築中、躯体に断熱材を埋め込んだ時に雨が降りました。 工事の手配がうまくなかったのでしょうか、まだ屋根板がふいてありませんでした。 当然断熱材には雨がしみこみます。 当時はこちらも素人です。 建築とはこんなものかなと眺めていました。
ところが、住み始めてから 「どうも押し入れの床が黒ずんでくる、どうも湿けっぽいね」 という家内の苦情が出始めました。
こちらは、「建築中に雨に降られたから、そのうちに乾燥してくるよ。」 といって、あまり気にはしていませんでした。 当然この点については住宅会社にも連絡しませんでした。
それが、どうも様子が変です。 何年経っても押し入れの床の黒ずみはだんだんと強くなってくるようです。 特に夏場は家内が押し入れの中身を全部出し、雑きんがけをしています。 しばらく乾燥をしてから荷物を入れ、また翌年同じ事をしています。
湿気とり棒なんかを突っ込んでみたり、湿気とり箱を突っ込んでみたり悪戦苦闘をしています。
思い切って部屋の床をはがし、床下を点検をしてみました。 新築後5年を経ていました。 何と、床下は湿気どころか、まさに露水が滴っていました。 まるで風呂場の中のような有り様でした。 その部屋は畳敷きでしたが、断熱材の受け板が水を含んでその重みで垂れ下がっていました。
問題の押し入れの裏には断熱材はありませんでした。
押し入れ床板の下面も同様に水が滴っていました。 かびの生える原因は建築時の雨水の残りではなかったのです。
この結露の原因を色々考えてみましたが、よくわかりませんでした。
換気孔は基準通りあり、ここで、気がついたのは、床下から湿気が上がってくるのかなということが考えられました。 そこで床下の土間に農業用のビニールシートを張り込んでみました。 これは、後で述べていますが、建築の基準に推薦されていたからです。
さらに名案を考えました。 一番結露の激しい場所に塩ビパイプの先端を引き込み、この先にトイレファンをつけ、これを基礎の外へ吐き出すようにしてみました。 そして、年中このファンを回しっぱなしにしました。 いわゆる、私設床下換気扇を設置してみました。 これで完璧だろうと相当の自信がありました。
その後数年様子を見ましたが、やはり、根本的な解決にはなっていないようでした。 少しは良くなったのでしょうが、相変わらず押し入れの湿気の悪戦苦闘が続いているようでした。
また、床下を点検してみました。 しかし、見事にこの自信も打ち砕かれてしまいました。
なんとなんと、前と同じように水が滴っていました。 せっかく敷き詰めたビニールシートの上は池になっていました。 湿地に建てた家ではないのにこの有り様です。 床下の露は床下の土間から上がった湿気ではどうもなさそうなのです。
基礎材料の一部に異材の混入もありました。 設計上の注意もさることながら、現場施工時の点検、責任の問題も大いに注意をしたいものです。
基礎材は当時から薬品注入材(防腐剤を塗装したもの、または防腐剤を圧力釜で注入したもの)を用いることとなっていましたが、工事中にそのうちの一本が足りなかったのでしょうか、薬剤の塗装されていないものが使われていました。 工事の進捗の都合でやむなく不足の材料を間に合わせで使ったものでしょうが、建築直後ではこれは素人にはわかりません。 基礎はこの一本で決まります。 全体が良くても、一個所から建物の傾きは始まります。 工事施工管理の重要さがここにあります。 施工責任者の質が問われます。
こんな住宅メーカーはいずれ衰退するものと思われますが、自分がこんなメーカーとおつきあいをするのは勘弁をしてもらいたいものです。 それこそ一生に一度か二度のお世話になる住宅メーカーですから。
この他、ほとんどの手入れを自分で行いました。 ここで建築専門業者の施工には使う側に立った作り方がされていないことを数多く発見してしまいました。
屋根の雨漏り対策は初期の手入れでほぼ直りましたが、床下の湿気戦争が15年続き、ついに畳の部屋の床が陥没をしました。
部屋中の殆どの束柱が完全に腐朽菌で侵食され、形は残っていても木材の中身は完全に凍み豆腐のようにスカスカになっていました。 これでは床がぼこぼこと下がるのは当たり前です。 この束柱の入れ替え工事もやってみました。 畳の部屋が気持ちよくしっかりしたものに生き返りました。
この湿気戦争も終焉を告げるときがきました。 2人の娘が家を離れ、少し家を改装しようということになりました。 床を思い切って持ち上げ、大改造をしようと思いました。 見積もりを見て、プラスαで新築が可能とみて 建替えを決意しました。
2.鉄骨を用いた第二回目の建築(昭和63年)
第2回目の建築は、ちょうど母親が45坪ほどの編物教室を建て替えることになり、住宅兼教室の建築を作った時の話です。
一階は物置兼車庫、二階が居宅、三階が教室となっています。前回の経験で基礎と屋根にこだわりました。
躯体は鉄骨造ALC貼、いわゆる軽量発泡コンクリート、屋根はルーフィング葺としましたから、一般の住宅としては参考になる点が少ないようですが、考え方は共通のものがあります。
基礎については、風通しを完全に良くするために思い切って一階を完全に床下と考え、これを物置兼車庫としました。
屋根については、瓦葺に懲りていましたからルーフィング葺としましたが、この耐久性については 話をする資格がありません。 完全に専門分野の範疇であり、ここでは述べないこととします。
ただ、設計者との打ち合わせ時の基本は設計仕様書に出来る限り使う材料の型番などを書き出すことに徹しました。
建築を依頼する方は素人です。 カタログの載っているような建物、展示場にあるような建物が出来上がるのを期待するのは当然です。 しかし、展示場は2、3年で作り替えているのが普通です。 10年も20年も経っている展示場を見せるハウスメーカーはありません。 問題はここからです。
一方、それを請負うハウスメーカーの設計者は専門家です。 あまり細かい専門分野のことまで説明は当然のことですがしません。
説明をしても理解してもらえぬことが多いからです。
ここが誤解のはじまりです。 注文者と設計者の意志の疎通は極めて困難なものなのです。
住宅メーカーは苦情メーカーだとよく言われるのは、この事前の意志の疎通の無さが主因のようです。
この意志の食い違いを無くする最大のポイントは、設計者との会話を多くすることです。 そして、どんなに細かいことでも紙に書き出して、お互いに持ち合うことです。 記録がある限り、設計施工側もやはり気にはなるようです。 相互の誤解がその後の関係をうまく保つための秘訣です。
これは、依頼者の建築の出来上がったイメージと建築会社のイメージの差を極力小さくして、トラブルを少なくするために是非必要なことです。
具体的には 流し台、洗面台、トイレの機種などなどです。 型番の明記が無ければ、思いがけない廉価版がとりつけらることになります。
今回の例では、こんなこともありました。トイレに「洗い落とし式」のものが取り付けられてしまいました。 発注時の仕様書に型式、メーカー名までは書かせなかったのですが、「サイフォン式」とのみ書いておいたので、完成後取替え工事となりました。 建築会社側としても余計な経費をかけてしまったものとなります。
この例を見ても、コストの削減のためにも仕様書にはっきりと書いておくことの重要性が大いにあることがわかります。
この第2回目の建築では、基礎については前記のように車庫としたこと、屋根については完全シールのルーフィング仕上げとしたため、雨漏りなどないために現在のところ問題は発生していません。
3.ツーバイフォーを用いた第3回目の建築(平成9年)
平成7年2月の神戸大震災にツーバイフォー工法建築が一躍脚光をあびました。
たまたま、在来軸組工法を用いた建物の改修を計画をしていたところ、 第2回目の鉄骨造の編物教室兼住宅
を作ってくれた会社の設計者の一人が独立をしてこのツーバイフォーの建築会社をつくりました。
この設計者との2人3脚で、強度部分をツーバイシックス、その他をツーバイフォーを用いた写真の建物を完成させることができました。
家は家族構成とともに変化する とありますが、これは私どもの年齢にあわせ、一部屋のみロフト式の二階とし、他は平家建としました。
バリアフリー、メートルモジュール基準での建築となり、第1回目の在来軸組建築の910モジュール(910ミリメートル基準)に比べて1割余裕のあるゆったり感が味わうことが出来ました。
基礎は設計段階では基準に従った設計提案がありましたが、 私は、この基準にとらわれず、風の取り入れ口を多く取るように変更を申し入れました。 梅雨時から夏にかけての床下に結露をしやすいときに床下に入って点検をしてみましたが、通風がきわめて良く、結露はゼロでした。 これでは 腐敗、白蟻などよせつくことはまずないだろうと思われました。
屋根については、ルーフィングシートに粘着剤をサンドイッチした最近よく使われだしたものを使ってもらいました。そのシートをはり、瓦桟を打ち付けた状態で散水試験をしようと思っていましたが、都合良く、この段階で大雨があり、雨漏りのチェックを完全に行うことが出来ました。
これら、基礎と屋根については近く別の方法で詳しく説明をすることにします。
薪ストーブも設置してみました。この楽しみかたも、後に述べたいと思います。
4. 結論
素人の私どもが快適な家を作るには 結局のところ 如何に良い設計、施工業者と付き合うかということにつきると思います。 以上の簡単なことも1回経験して初めてわかる事のようです。 今回は私がラッキーなことに非常に良い設計者にめぐり合えたことかも知れません。 その設計者は インデュアホームいわき南(株)を創設された飯畑 勝美(1級建築士)社長でした。 是非 彼の作品を拙宅まで見にきていただきたいと思います。
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